雨のち晴れ

自由帳

大学の先生にLGBTQに関する質問メールを送ってみた

こんにちは!
朝晩はまだ冷え込むとはいえ、昼間は過ごしやすい陽気になってきました。
僕は花粉症ではないのですか、今年は目がムズムズする感覚があります。
これって花粉症ですか???



僕は日常的に同性婚の問題やLGBTQの権利について考えています。
問題や権利について考えるときは書籍、論文、各種調査などを参考にしています。

ドナルド・ドォーキンの『神なき宗教』を読んでいたら、LGBTQの権利と宗教の問題が出てきました。アメリカの本なのでアメリカのLGBTQ事情を知らないとなかなか読み進めるのも大変ですし、宗教も絡んでくるのでちょっと難解な本です。

自分なりに読み込んで理論を組み立てたのですがそれが間違っていないのか...周りに聞ける人がいませんでした。どうしたものかなぁと考えていたら、大学4年生の時にアメリカの公教育に関する授業でドォーキンの理論を取り上げている先生がいたことを思い出しました。

その先生とは授業後にLGBTQに関して議論したり、大学の先生の中で唯一カミングアウトした先生でもあったので印象に強く残っていました。インターネットを駆使して先生を調べたら他大学に移っていました。しかし、メールアドレスを公開していたので、ドォーキンの理論を参考に僕が考える理論が間違っていないか詳しく書いてメールを送りました。

そしたら、なんと返信がきました!

どうやら僕のことが印象に残っている学生だったらしく気にかけてくれていたみたいです。僕が考える理論で間違っていないこと、また、他の理論も援用できることを教えてくれました。また、タイミングが良く春にカナダへLGBTQの研究出張に行くことも教えてくれ、時間が合えば一緒に議論しましょうと言ってくださいました。

ありがたいことです。

大学を卒業してもこうして先生と繋がれると「大学に行ってよかったなぁ」としみじみ。大学っておもしろいです!!行ってよかった〜。

4月以降、先生と会う約束しました!
最新のカナダのLGBTQ事情や理論を聞けるのが楽しみです!!

では。

憲法改正を経ないで同性婚を導入したスペインの事例

こんにちは。

日本の憲法24条1項に似た条文をもつスペイン憲法を見つけました。どうやら、憲法改正を経ないで同性婚を導入したようです。今回はそのことについてサラッと書きます!


<スペイン憲法

32条1項「男女は、法律上完全に平等に、婚姻する権利を有する」
   2項「婚姻の形式、婚姻の年齢および能力、夫婦の権利および義務、別居および離婚事由、ならびにその効果については、法律でこれを定める」

日本国憲法

24条1項「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」
   2項「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」


<スペイン憲法32条1項とスペイン憲法裁判所の解釈>

こうスペイン憲法日本国憲法の婚姻に関する条文を比較すると、内容がとても似ていることがわかりますね。スペインはスペイン憲法32条を改憲することなく同性婚を導入しました。どういう理屈で導入したのか、次に続きます。

スペイン憲法32条1項を忠実に解釈すると「婚姻」とは「男女」を前提としているというのが通説でした。また、同32条1項の立法目的は日本国憲法24条1項ととても似ていて、夫婦間で不平等が生じていてその不平等を解消するために、また、男女平等を実現するという目的がありました。

1997年、スペインの憲法裁判所はスペイン憲法32条が規定する婚姻については男女間の権利であるため、同性カップルにその権利を適用できないが、婚姻により男女カップルが得られる利益について同性カップルも利益を得ることは許されているとしました。また、具体的な立法措置により男女カップルの配偶者が有している権利について同性カップルのパートナーに対しても同様に保障されるべきである判示しました。

そして、2012年にスペイン憲法裁判所は同性婚を認める民法の規定はスペイン憲法32条に違反しないと判断しました。同性カップルがスペイン憲法32条を根拠に婚姻する権利を要求することは認められないが、法律において同性婚を認めることは許されるとしました。そう判断した根拠して、比較法の観点から同性婚も婚姻に含まれる、国際的に拡大しつつある婚姻概念にしたがい解釈することはスペイン憲法32条における解釈の範囲内である、としました。また、憲法裁判所は憲法制定時に同性カップルの婚姻を想定していないことを認め、異性愛ということは婚姻の重要な要素ではなく、そのような考え方は、婚姻の「伝統的な考え方」に過ぎないと述べました。

<まとめ>

日本においても同性婚を導入する場合、憲法改正するのかしないのかの議論があります。日本国憲法24条1項「両性」、そこをどう解釈するかについて僕は「両性=男女」という解釈の立場です。そう解釈した方が理屈に合っていると思うからです。そうなると、憲法24条は男女の婚姻の規定になります。男女の規定ということは同性は対象外です。スペイン憲法裁判所が示したロジックと同じです。スペインが民法同性婚を法制化したように、日本におても民法と戸籍法の改正で同性婚は可能になります。





最近の同性婚ニュースに思うこと


僕は何回か同性婚についての記事をBlogに書きました。

自分の考えを整理するという目的がBlogを書いた理由の一番ですが、たまたまこのBlogを読んでくれた人に同性婚というものがどういうものか知ってもらいたいなぁという思いもあり書きました。

同性婚、とても難しい問題だと思います。

憲法改正派と民法改正で可能とする派、皇室と同性婚、兄妹婚、宗教、伝統的家族観、精神的に同性愛が嫌いな人...色々な意見や考え方があります。一部、関係ない論点を挟んでくる人もいますが...。

色々な意見や考えがある中で全国同性婚訴訟がはじまりました。
僕は国を提訴した当事者の勇気と行動力に最大の敬意を表明します。

僕は27歳です。平均寿命まで生きたとして約40年くらの時間があります。おそらく40年も時間をかければ同性婚は法律で認められれるようになるでしょう。若い人ほど同性愛を許容しますし、毎日新聞同性婚世論調査でも同性婚賛成派が多数派になりました。そういう事実をみれば、同性婚はあと数十年もすれば法制化されるでしょう。

しかし、ご高齢、ご年配、同性で子育てをしているカップル、若い世代でも同性婚の法制化まで待っていられない人たちもいるでしょう。そういった人たちに対する法的な保障をどうするか、そういうことも考えないといけないのではと思います。

現に困ってる人たちに政治は何ができるのか。
そして、政治家を選択する国民はなにができるのか。

自分なりに考え続けたいです。

双極性障害だったとは

こんにちは!

いつだか「ADHDだったとは」というブログを書きました。

yuki-h.hatenablog.com


双極性障害と診断を受けたのはADHDと診断を受ける前でした。1軒目のクリニックで症状が改善せず2軒目のクリニックを受診したら双極性障害であると診断されました。大学4年生の頃だったと思います。そのクリニックでも症状が改善せず3軒目のクリニックをセカンドオピニオン的に受診して双極性障害ADHDであると診断を受けました。それ以来、診断名は変わらずです。

3軒目のクリニックでの問診の過程で、主治医からおそらく高校生くらいから双極性障害の可能性があったことを伝えられました。そこで、自分の過去の振り返りをかねてブログに書いておこうと思います。めちゃざっくりです。

今回は双極性障害について書きます。
あくまで僕個人の症状や体験なので注意してください。

<高校生のころ>
高校1年から学年が上がるほど荒れていったと思います。死にたいとも思いますし、こんな高校に通うのなら退学した方がマシだと思って高校卒業認定試験(旧大検)を受験するために、担任に高校で取得した単位を認定してもらうための申請用紙を提出したりもしました。3者面談では、担任との意見の違いから親そっちのけで喧嘩になったり。長い昼休みにクラスにいたくなかったので、授業の合間に早弁して昼休みは1人図書室で過ごしたり。とにかくツンツンしていたと思います。

家庭ではどうかというと、めちゃめちゃ荒れていました。自分の学校もうまくいかない、気分は不安定、妹が不登校でそれで家庭が不安定だったというのもありました。とうにかく、両親(特に父親)と兄妹仲はめちゃくちゃわるかったです。父親と取っ組み合いの喧嘩もありましたし、妹たちに対する暴言や物を投げる行為などもありました。

このブログを書くまで忘れていた記憶が蘇ってつらい気持ちになりました(汗)

と、こんな感じの高校時代でした。

<浪人時代から上京>
高校をとにかく早く辞めたい、卒業したいが先だったので大学は特に考えていませんでした。現役では1つしか受けず、勉強もしなかったので不合格。浪人を1年間しましたが結果はでず。この浪人期間も父親との喧嘩がありました。とにかく、父親との相性が悪かったと思います。このまま家にいてもだめだからということで、新聞奨学生の受験生1年制を利用して上京することにしました。

上京、初めての一人暮らし...辛かったですね。気分が不安定な上に生活リズムが乱れやすい仕事。自分に合っていなかったです。上京して1ヶ月がたったころ、マンションで夕刊を配達している時でした。なんの感情もないのに突然号泣したことがありました。泣きながらの配達です。後にも先にもこの体験はこれっきりでした。

なんとかキツイ仕事をやりつつ受験勉強をして大学に入ることができました。やっと大学で勉強ができる。そう思うと、とても嬉しい気持ちになったのを覚えています。

<大学時代>
大学時代ははやり気分が安定しませんでした。死人たくなったり死にたくなくなったり、2日間眠れなかったりなんてこもありました。眠れなくても頭がシャキッとして精力的に活動できる感じです。

死にたい気持ちが辛くなった時がありました。その時にはじめて精神科を受診しました。この時は「抑うつ」ということでSSRIを含む薬が処方されました。それが合わなかったのかはわかりませんが、この薬を服用して2日間まったく動くことができませんでした。食事も水分もお風呂もダメでした。「死にたい」と泣きながら過ごしたことを覚えています。

それがきっかけで別の精神科を受診し双極性障害と診断されました。2軒目のクリニックでは不安感が強いことをあげたらジプレキサが処方され、この副作用で10kgほど体重が増えました。このままじゃヤバいかもとおもい、今通っている精神科へセカンドオピニオンをしたら薬を調整することは可能と言われたのでこちらに通うことになりました。

<今現在>
今通っている精神科に通い始めて症状が落ち着き始めました。気分が安定しているってこんなにも素晴らしいことなのかと感動しています。ただ、双極性障害は長期的な視点でみていかないといけない病気らしいのでそこが大変ですが、たとえ長期的になろうが安定に勝るものはないので気にならないです。

双極性障害ADHDで利用した障害基礎年金や精神障害者福祉手帳なんてものについて書いてみようと思います。

では!

立憲主義と解釈改憲〜同性婚訴訟から〜

こんにちは!


同性婚訴訟、どうなるでしょうねぇ。
裁判の経過をよく見ておきたいですね。

Twitterを見ていると同性婚を認めるのにも2つの立場に大別されると思います。
憲法改正を経て同性婚を認める立場」と「憲法改正を経ないで同性婚を認める立場」の2つの立場の対立です。僕は前回のブログで憲法24条は同性婚を禁じていないから憲法改正を経ないでも同性婚は可能であるというような内容の記事を書きました。以下にリンクを貼っておきますね。

yuki-h.hatenablog.com

 
憲法改正派は「立憲主義」「解釈改憲に反対」の立場から同性婚を認めるためには、憲法改正が必要であると主張しているように感じます。他の例だと、憲法を改正してから同性婚を認めた方が国民の理解が得られる、権利を自分たちで勝ち取ったという事実を残せるなどがあるようです。

今回は憲法改正派の様々な意見の中から先ほど挙げた「立憲主義」「解釈改憲に反対」の意見をピックアップして、その2つを考慮しても憲法24条が同性婚を禁じていない理由を書きたいと思います。


立憲主義とはなにか>

立憲主義について簡単な説明はないかと考えていたら、弟が使っている東京書籍版「現代社会」に立憲主義の説明がありました。以下に引用します。

立憲主義とは、政治はあらかじめ定められた憲法の枠の中で行わなければならないというものである。さまざまな法のなかでも憲法は、ほかの法がつくられる際の原則や手続きなどを定める点で、法のなかの法という性格をもつ(最高法規性)。国家権力は憲法によって権限をさずけられ、国家権力の行使は憲法により制限される。憲法は、個人の尊厳が目的とされ、人間らしい生活を保障するものであり、政治権力がそうした目的に違反することは、憲法によって禁止される。そして、国民の権利が国家によって侵害された場合には、司法などによって法的な救済がなされることになる。

 はじめて立憲主義の説明を読んだ時に「民主主義」とは意味合いがまた違うなと感じました。立憲主義憲法に基づきその枠のなかで民主主義が行われているイメージなのかなと。立憲主義と民主主義、お互いに対立はしないけど緊張感がありますね。

ここで話を同性婚に戻します。立憲主義に基づくのなら憲法24条1項に定める「婚姻」は男女間のものであり同性間について規定したものではない、また、条文立案過程から男女平等や女性の権利尊重を強調したものであるから同24条1項は同性婚を禁じていないと理解できると思います。この点の詳しい話は最初に貼り付けたブログを読んでいただければ多少は理解できると思います。

さらに、「憲法は、個人の尊厳が目的とされ、人間らしい生活を保障するものであり、政治権力がそうした目的に違反することは憲法によって禁止される」とするのなら憲法24条1項を理由に同性婚を禁止することは同13条、14条と整合性が取れなくなると思います。


解釈改憲同性婚

同性婚改憲派の主張に「解釈改憲での同性婚容認はダブルスタンダード(以下タブスタ)になり認められない」というものがあります。

結論。タブスタにはならない。

その理屈をサラッと書きます。

憲法は統治規定と人権規定に大別できます。

・統治規定とは、国会、内閣、司法、財政、地方自治など。

・人権規定とは、国民の権利及び義務など。

詳しい条文は各々で読んでほしいんですが、ざっくりわけるとこうなります。条文を解釈する上で、統治規定は「厳密な字義解釈が必要」であり、人権規定は「書かれている禁止規定は守られた上で、書かれていない事に関しては禁止されていない」という憲法学上のルールが適用されます。と、大学で教わりました。

例を挙げますね。例えば、日本国憲法の立案過程において「環境権」を想定していませんでした。時は流れ、都心にマンションが多く建設されるようになり部屋からの眺望が悪くなった結果、訴訟に発展するケースが出てきました。しかし、先ほども書いたように憲法には環境権についての条文はありません。どうしたかというと、人権の包括規定である憲法13条などを根拠に判例や立法措置よって環境権が認められるようになりました。

このように人権規定に関しては、禁止されていないことは人権保障の観点からより積極的に認められるとします。

逆に統治規定に関しては、国家権力を縛るという意味で書かれていることしかやってはいけないとなります。

同性婚に話を戻します。

憲法24条1項ができた当時、同性婚は想定されていませんでいた。それは、GHQ草案や立案過程を見ればわかる事です。日本国憲法が1947年5月3日に施行されてから72年の時が経ちました。世界の状況や日本国内の状況も施行当時とは違います。当時の立案過程をみるに、憲法24条1項が同性婚が禁止されているとは言えません。禁止されていないのなら積極的に権利として保障されるべきだと思います。


<まとめ>
最近、同性婚のことばかりですね。

同性婚なり法的効果がある登録パートナーシップ制するなりそれを法律に落とし込むには時間がかかるわけです。今、裁判していますが1年で判決まではいかないでしょう。仮に3年かかって法案が施行されるまで2年で5年です。

憲法を変えるのも悪くはありません。しかし、現実味が全くありません。自民党同性婚や登録パートナーシップ制に消極的です。憲法は72年変わってません。一度も。もっと現実を見るべきです。

例えば、ご高齢もしくはご年配の当事者カップル、事情がある若いカップル...時間がないと思います。自民党が進める理解促進法で理解を促進したら同性婚や登録パートナーシップ制を考えますという主張。現時点で、時間がない人たちは見捨てるのでしょうか。

政治って...。

憲法24条は同性婚を「禁止」してるのか...てきとうに考えてみた 

こんにちは!

憲法24条が同性婚を「禁止」しているのかどうなのか考えてみます。

はじめに憲法24条1項のGHQ草案と日本国憲法を書いておきます。

日本国憲法24条GHQ草案>
Marriage shall rest upon the indisputable legal and social equality of both sexes, founded upon mutual consent instead of parental coercion, and maintained through cooperation instead of male domination. 

婚姻は、両性の社会的平等また明確な法の上になされるもので、両親に強制されることなく相互の同意の上に成り立つものであり、男性優位ではなく互いの協力により維持される。


日本国憲法24条>
Marriage shall be based only on the mutual consent of both sexes and it shall be maintained through mutual cooperation with the equal rights of husband and wife as a basis.


婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。


<両性の合意>

民法(明治民法)において婚姻は家と家の契約でした。また、旧民法750条は「家族カ婚姻又ハ養子縁組ヲ為スニハ戸主ノ同意ヲ得ルコトヲ要ス」と定め、婚姻や養子縁組について戸主や両親の同意を要求しました。そのため、女性の両親や相手方男性とが一方的に話し合いを進め婚姻を決めるなどの事例もありました。

GHQは男女平等や女性の権利尊重を具体化するような新憲法の作成に着手しました。

そして出来上がった条文が日本国憲法24条GHQ草案です。この条文をみると、婚姻と女性を「両親からの強制」と「男性優位」から解放するために作成されたことが分かると思います。一般的にいう、家制度の解体と男女平等です。男女平等に重きを置いたというよりも、女性の権利尊重を強調した条文と理解することができるかもしれません。

GHQ草案では条文が長かったため、日本国憲法を作成するときに草案の条文が書き換えられ現在の憲法24条になりました。

憲法24条1項の最高裁の考え方>

2015年12月26日最高裁判所大法廷で夫婦別姓訴訟の判決がありました。その判決文の中で最高裁憲法24条1項について以下のように述べています。

また、同条1項は、「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」と規定しており、婚姻をするかどうか、いつ誰と婚姻をするかについては、当事者間の自由かつ平等な意思決定に委ねられるべきであるという趣旨を明らかにしたものと解される。

最判平成25・12・16民集第67巻9号1761頁
(下線は筆者によるもの)

憲法24条の婚姻は「当事者間の自由かつ平等な意思決定」の上に成り立つものであると最高裁は判示したわけです。とても重要な文言だと思います。婚姻が「当事者間の自由かつ平等な意思決定」の上に成り立つとするのなら、同性婚についても同様のことが言えるのではないでしょうか。次はそれについて考えて見ます。

同性カップルを保護しないが、同性婚は禁じていない>

憲法学において、同性婚には憲法24条が規定する男女平等や女性の権利尊重などの保護は及ばないと考えるのが一般的です。憲法24条は男女平等、女性の権利尊重を保護するものであるので、そのまま同性カップルに適用できないという解釈になるわけです。当たり前っちゃ当たり前な理屈ですね。そこに異論はありません。

しかし、さきほどの最高裁判例をみるに婚姻が「当事者間の自由かつ平等な意思決定」により成立する、という理屈は異性カップルではなく同性カップルにも援用できるのではないでしょうか。

シンプルに言えば、憲法24条が規定する保護は同性カップルには及ばない。しかし、保護が及ばないだけであって憲法24条が同性婚を禁止しているとまではいえない。

憲法24条は異性婚についての規定です。よって、同性婚憲法24条の問題というよりも憲法13条「幸福追求権」や憲法14条「法の下の平等」に関わる問題なのではないでしょうか。

<まとめ>

憲法24条がいう婚姻とは異性婚をする際についての規定であり、同性婚にそのまま適用することはできません。しかし、GHQ草案の立案過程や現憲法条文、最高裁判例などを参照すると憲法24条が同性婚を禁止しているとは解することはできず、同性カップルに婚姻の法的効果を与えることは憲法24条と矛盾するものではないでしょう。むしろ、同性婚憲法13条や14条から積極的に認められるべきものと考えられます。


<加筆>
大切なことを書き忘れていました。

平成30年の常会で立憲の逢坂誠二衆議院議員が「日本国憲法下での同性婚に関する質問主意書」を内閣に提出しました。いくつかの質問のうち1つを取り上げます。一部抜粋です。

「現在、同性婚日本国憲法第24条第1項に反し、違憲であると考えているのか。政府の見解如何。」

この質問に対する内閣の回答は以下です。

憲法第24条第1項は、「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」すると規定しており、当事者双方の性別が同一である婚姻(以下「同性婚」という)の成立を認めることは想定されていない。」

内閣の回答はある意味当然のことだと思います。憲法24条は異性婚を保護するための規定ですから、その保護が同性カップルに適用することは想定されていないです。しかし、答弁を読めばわかる通り憲法24条第1項が同性婚を禁止しているとは言っていません。あくまで、異性婚の保護を規定した条文にすぎないということです。

こういった内閣の答弁は過去何回か行われてきましたが、答弁内容は変わらずです。


(参考文献)
『Constitution of Japan』資料番号;Alfred Hussey Papers; Constitution File No. 1, Doc. No. 12
重村博美(2015)『家族のあり方をめぐる法と裁判の交錯』,近畿大学短大論集,第48巻第1号,p.23〜42
青山薫(2016)『「愛こそすべて」–同性婚/パートナーシップ制度と「善き市民」の拡大–』,ジェンダー史学,第12巻,p19〜36
清水雄大同性婚反対論への反駁の試み––「戦略的同性婚要求」の立場から』
長谷部恭男(1996)『憲法(新法学ライブラリ)』新世社
第196回国会 257 『日本国憲法下での同性婚に関する質問主意書』, http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/196257.htm

 

骨髄バンクに登録して8年 骨髄提供することなく登録解除

こんにちは!

水泳の池江選手が白血病を公表したことにより、骨髄バンクへ問い合わせる人が増えているようです。また、池江選手がせやろがいおじさんのtweetretweetするなど骨髄バンクへの理解が若い人たちにも広まりつつあるのかもしれません。

news.biglobe.ne.


今日は僕が8年前の19歳のときに骨髄バンクに登録したときの話や解除に到るまでの話を書きます。

献血のついでにドナー登録>

2011年に状況してまもない頃、人生初めての献血するために秋葉原駅前にある献血ルームに行きました。ハーゲンダッツとかお菓子をもらえるというので行ったのが本当の動機です汗。献血をする前にスタッフの方が献血について丁寧に色々と説明してくれました。そのときに骨髄バンクのドナー登録の説明も受けました。「献血ついでにどうですか?」という感じに。僕は人の役に立てるのならドナー登録しようと思い即断即決でドナー登録の手続きをしました。

その後、献血をしたのですが...。

なんと人生初めての貧血になってしまい、看護師さんたちが急いで献血を中止し、ドクターを呼んで輸液の準備をし、30〜40分くらい横になって点滴をしました。

僕の人生初の献血献血ルームで点滴をして帰るという情けないものに終わりました。

唯一の成果は骨髄バンクのドナー登録でした。

後日、登録が完了しましたというような内容のハガキが届いて登録完了!
それからドナー登録を解除する今日まで提供することはありませんでした。

<最近、骨髄提供ができない場合があることを知る>

池江選手のニュースを見ていたら、骨髄提供ができない例があることを知りました。そこから骨髄バンクのホームページを見たりして調べたら、僕の場合、精神障害と薬の服用の関係でドナーに選定されても骨髄提供ができないことが分かりました。注意ですが、「僕の場合は」なのでこれに該当しそうな人は骨髄バンクや主治医に相談してみるといいと思います。


<ドナー適合は奇跡なことかも>

僕の友だちは白血病で移植を受けることなく亡くなりました。ドナーや移植にどれほどの希望を見出していたのか。ドナーが見つからない、悪化していく身体状態...それと向き合わなければならないことは当事者には分かりません。辛いだろうということは想像ができますが...それ以上のことは僕には分かりませんでした。

僕がドナー登録して8年。一度も提供しませんでした。それくらい僕と患者さんの骨髄が合致するのは奇跡的なことなのかもしれません。だから、骨髄バンクにドナー登録する人が増えればそれだけ合致する確率が上がります。ドナー登録者が増えれば希望になります。


<最後に>

友だちが白血病になり、それがきっかけでドナー登録をして、僕自身の障害のために登録解除をしました。友だちに「骨髄提供できたよ」と伝えられないことはとても悔しいです。

僕はドナー登録者ではなくなりましたが、
ドナー登録の善意が希望になり人を救うことになります。

どうかドナー登録にご協力ください。

注:プライバシーに配慮するために一部事実を本質が変わらない程度に改変しています。